風浪宮大祭・大川市


地元の人から「おふろうさん」の愛称で親しまれている風浪宮は、約1800年前に創建された神功皇后ゆかりの神社です。白鷺がとまったところにお社を建てたのが起源と言われ、明治時代に本殿と石造五重の塔が国の重要文化財に指定されています。


風浪宮大祭   裸ん行
久留米高良大社や水天宮と共に、筑後地方の三大祭りの一つに数えられる風浪宮大祭は、2月8日の「裸ん行」を皮切りに9日より11日まで盛大に行なわれ15万余りの参拝客で賑わいます。現在の祭の形に整えられたのが寛文九年(1669年)と文献に記録されており、歴史性から見ても意義のある行事です。
大祭の3日間は潮井まいり、御神幸、流鏑馬、等の古式豊かな神事が繰り広げられ、境内には串柿市、植木市、その他多数の露店が立ち並び盛況を極めます。
  大祭前夜、参拝客が川や家の風呂等で禊を済ませ、男性は締め込み姿、女性は髪梳き流し、手鏡を持って神社に参拝し厄除けを願う習わしがありました。現在では「裸ん行」と呼ばれ、各種青年団体の参加により盛大に行われています。
裸ん行の参加者たちは、邪気退散と書かれた大団扇や松明を持ち、樽御輿を担いで、若津神社から風浪宮までの約3キロの道のりを掛け声と共に勇ましく駆けていきます。
白鷺の楠   磯良丸神社
風浪宮の起源の由来にもある、少童命の化身である白鷺が止まったとされる大楠です。樹齢約2000年、幹回り8メートル余、四方に張った枝の長さは20〜30メートルあります。
幹には大人2、3人は入れる程の空洞がありますが、樹勢は益々盛んで、神霊が宿る御神木として信仰されています。
  風浪宮外苑の一隅に阿曇磯良丸を祀る社があります。磯良丸は、皇后に従い船団の海上指揮をとった航海熟達の海士で、後に風浪宮初代神官となりました。その任は代々受け継がれ、現在は第67代となっています。
磯良丸は海洋族の酋長として、大陸との交易により大陸文化を導入し、日本の農業、工業その他全般の産業を興して日本開国の基を築き、大川の木工産業発祥の守護神として信仰されています。
今日船名に「〜丸」と附するのは、磯良丸の「丸」に起因するという謂れもあります。

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